目玉としての一般品に見切りをつけた化粧品専門店が目を向けたのは制度品であった。
終戦直後の食べるものにも困るような時期から復興期に入り、生活にも多少の余裕がでてきた昭和20年代後半には、化粧品に対する消費者の価値基準が変化してきた。
この状況にいち早く化粧品専門店は対応したのである。
それまでの貧困期には、ファッション財であるはずの化粧品でさえ消費者は価格を第一の購買決定要因にしていた。
それが次第に品質や機能を重視するようになった。
制度品の中でも、特に基礎化粧品の販売システムは、当時から一歩先取りする化粧品ユーザーの期待に的確に応える内容であったと言われている。
それまで、一般品に含まれる基礎化粧品は、ローション(化粧水)やクリームの単品買いが中心となっていた。
しかし、それらは使用する際に簡便ではあるが、効能や効果という面で十分に満足できる商品とは言えなかったようである。
これに対し、制度品の基礎化粧品は、次のようなフローを主張する販売システムであった。
①クレンジング料で化粧を落とし、②化粧水でふきとる、③乳液や④クリームで⑤栄養を補給する。
このほかに、オプションとしてパックやスポッツも奨めるシステムが一般的であった。
制度化粧品は、商品の成分や使用方法等の説明に対面販売ゆえの人件費が重くのしかかってくる。
だが、それだけに消費者の立場からは、行きつけの店へ小売店からは“固定客”という関係ができやすい。
そのため、制度品は一般品と比べて客購買単価や粗利益率が高くなる。
このメリットを求めて化粧品専門店は次々と制度品メーカーとのチェーン契約を結んでいった。
このように、化粧品市場は一般品の激しい、乱売合戦が続く一方において、新たな販売システムに乗って制度品の市場を急速に拡大していくことになる。
こうした状況の中、昭和28年9月、過激な乱売競争から健全な産業を形成するため、化粧品は医薬品、酒、カメラなどとともに再販指定商品として指定されたのである。
この時、制度品メーカーは、直ちに各チェーン契約店との間で再販契約を結び、価格維持を図ったと言われている。
これに対し、一般品メーカーはその対応に遅れをみせ、乱売の嵐が静まることはなかった。
これを境に、化粧品市場における制度品と一般品の市場シェアは逆転する。
昭和20年代末、そのシェアは制度品の30%に対し、一般品は70%であった。
それが10年後の30年代末には、制度品の70%に対し、一般品は30%に逆転してしまったのである。
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